เข้าสู่ระบบ不意に愛沢くるみが一番近くに立っていた湊に手を伸ばし、その腕に触れた。(一定の距離を取っていても、そう来るのね)私はそれを見て吹き出しそうになりながらも堪える。愛沢くるみは湊の腕に触れて言う。「私……怖いです、先生……」そう言いながら潤ませた瞳で湊を見上げる愛沢くるみはまさしく完璧だった。湊はほんの少し腕を動かし、愛沢くるみの手から逃れながら言う。「何が怖いんですか?」そうされて愛沢くるみは俯き、そして言う。「だって自分が何者かも分からないから……」こんな事を急に言い出すのは、記憶を失っている事を印象付けたいからなんだろうなとすぐに分かる。偽の愛欲の女王を嗅がせる前までは、愛沢くるみは自分自身が誰か? なんて気にも留めていなかった。助けた私たちに素直にお礼を言い、私や遼大、そして湊にも純真な笑顔を向けていた。それがそのままだったら、私は愛沢くるみを追及する事が出来なかっただろう。記憶を失くし、無垢な状態で人生を生き直すなら……そう思ってしまったかもしれない。けれど。今の愛沢くるみは以前のように打算的に動いている。自分が記憶を失っている事を逆手に取り、利用しようとしている。同情を買おうと必死なのが手に取るように分かる。「心配はいりませんよ、こちらで様々な措置を検討しています」湊がそう言うと、愛沢くるみが顔を上げる。「様々な措置……?」そう呟くように聞く。湊は微笑んで言う。「えぇ、そうです。愛沢さんは大事な患者さんですからね」そう言われた愛沢くるみの顔が引き攣る。以前までの湊なら、愛沢くるみがこんな状態で運び込まれれば、特別室を用意し、手厚く保護しただろう。けれど今、彼女はかろうじて個室ではあるものの、一般病棟に居る。それが何を意味するのか、無垢な状態の愛沢くるみであれば分からなかったかもしれないけれど、記憶を取り戻しているなら、分かる筈だ。避けられた手に、特別室では無い一般病棟の狭い個室。今、愛沢くるみにはもう誰も味方が居ない。八重樫一晟も捕まり、更に客と称して自分を連れ去った千堂弘にはモルモットのように扱われたのだ。(きっとプライドはズタズタね)私はそう思いながら愛沢くるみを見る。「あの、私はどうしてあんな工場のような場所に居たんですか?」愛沢くるみが聞く。私たちは顔を見合わせる。こんな質問が飛んで来る事は既に想定
ベッドの中で徐々に冷静さを取り戻していく。今の状況をちゃんと冷静に把握しないと。私は今、記憶を失っている事になっている。その原因は千堂弘による無理な施術のせいだ。どうして千堂弘は私にあのおぞましい施術をしたのか……思い出したい……。目を閉じてあの時、千堂弘は何と言っていたのか思い出そうと試みる。自分の研究がどうとか……毒性を上げるとか……無理に思い出そうとすると頭が痛くなる。私の頸部には包帯が巻かれていて腕にも痣が残っている。私は医者じゃないから自分が何をされたのかさっぱり分からない……。(そうだわ……分からないなら聞けば良いじゃない)私は記憶を失っているんだもの、その自分に何が起こったのか、何をされたのか知りたいと言えば、あの優しい燈先生なら教えてくれるんじゃない?それには私が記憶を取り戻しかけているという事を悟られてはいけない。無垢なままの私でなければ。◇◇◇加山良江に連絡を取り、御堂院家の事を伝える。「もう少し深く探ってみてくれ」遼大がそう言うと加山良江が電話の向こうで返事をする。『かしこまりました』電話を切り、一息つく。「そういえば、真壁早妃はどうなった?」そう遼大に聞かれて私は言う。「EMSOでの処置を終えて、聖カトリーナに運ばれたそうよ」EMSOで遼大と賀神さんが調合した薬品を投与し、劇的に回復したけれど、その後の経過を観察する為にはやはりきちんとした医療機関へ運ばなければならなかった。運ぶならこの辺りではやはり聖カトリーナが一番だ。「経過の方は?」そう聞かれて私は微笑む。「順調に回復しているそうよ」そう言いながら私は自分のデスクへ回り込み、椅子に座ると、私の元へ集まって来ているデータを遼大に見せる。遼大はデスクを回り込み、私と共にPCでデータを確認する。「うん……良さそうだな」そう言いながら私の頭を撫でる。私は大きく息をついて椅子の背に背中を預ける。「色々な事が一気に起こり過ぎてるわ」私のそんな様子を見て、遼大が苦笑する。「確かにな。少しも息をつけるタイミングが無かったもんな」遼大はそう言いながら私の傍にしゃがみ込み、私の顔を見上げて言う。「この件がひと段落したら、二人で休暇を取ろう……そうだな、どこか南の国にでも行って、ゆっくりしよう」私はそう言われて少し笑う。「バカンスね」そう言
オフィスで仕事をしていると、扉が開いた。見れば遼大が戻って来たところだった。「遼大」私はそう言って立ち上がり、腕時計を見る。「早くない?」そう聞くと遼大が笑う。「聞きたい事は聞けたからな」そう言いながら遼大は手に持っていた小さな花束を私に差し出す。「ん?」そう聞くと遼大が微笑む。「燈に」私はそう言われて差し出された小さな花束を受け取る。「ご機嫌伺いかしら?」そう聞くと遼大が苦笑する。「そうだよ」遼大はそう言いながら私が今朝、選んだスーツのジャケットを脱ぐ。私は遼大から貰った小さな花束の香りを楽しむ。遼大はそんな私を抱き寄せて私の額に口付ける。「それで? 賀神さんを呼び出したのは、御堂院静香に会わせる為ね?」私が遼大を見上げてそう聞くと、遼大が微笑む。「ご名答」そう言いながら遼大は私を抱き締めて深く息をつく。「さすがは燈、気付いてたか」そう言われて私は遼大の頭を撫でながら言う。「まぁね」こうしていると、大型犬を相手にしているかのように感じてしまう。クスッと笑って聞く。「上手く行きそう?」そう聞くと遼大は私の肩に自分の頭を載せて言う。「どうかな、本人同士に任せるしか無いだろう?」まるで子犬のような眼差しで私を見つめる遼大を見て思う。(天下のEMSOの最高責任者が私の前では子犬のようだって誰も信じないでしょうね)「それで? 東都メディカルの件はどうなったの?」そう聞くと遼大は顔を上げて、表情を引き締めて言う。「御堂院静香は何も知らないようだった。東都メディカルは千堂家とは通常の取引しかしていない筈だと、そう言っていたからな」私はそんな遼大を見上げて聞く。「あなたはそうは思わないって事ね?」そう聞くと遼大が頷く。「あぁ、東都メディカルは大病院だ。そしてその経営をしているのは御堂院静香の父上。娘には何も伝えずに水面下で取引している可能性もある」そう言われて考える。「確かにそうね」娘であっても、いや、娘だからこそ、伝えられない事もあるだろう。「加山さんにもう少し探って貰うことにするよ」そう言われて頷く。「そうね、こちらも水面下で出来るだけ静かに探った方が良いかもしれない」◇◇◇私はベッドの中に潜り込んで、ただひたすらに頭の中によみがえって来るイメージと戦っていた。今まで私がしてきた事、その原因
「少し歩きましょうか」沈黙に耐えられず、そう声を掛ける。御堂院静香が頷く。平日の帝国ホテルの庭園は、ほとんど人が居ない。「……賀神さんが時折、国内に戻って来ているのは知っていたんです……」御堂院静香がそう話し出す。「でも会いに行く口実が無くて……」そう言われて胸の奥にしまい込んだ傷が疼く。学生時代 ――私は御堂院静香と交際をしていた。二人で歩き、二人で出かけ、食事をし、語り合った。時間が空けば会いに行き、誕生日もクリスマスも一緒に過ごし、互いにプレゼントも贈り合った。「これ、私の宝物なんです……」そう言って御堂院静香が私に見せたのは、私が学生時代に贈ったネックレスだった。まだ学生で子供だった私が懸命に選んだネックレス。今、見るとデザインも幼く、古臭く、野暮ったい。「そんな昔のものを……」私は喉の奥を突かれたように苦笑する。苦笑しながらも私自身、彼女から贈られたものは捨てられずに持っている。今も私のジャケットの内ポケット、心臓に一番近い場所には彼女から貰ったカフスボタンが入っている。それを見せるべきか否か、迷って止める。今更、こんなものを見せたところで、何も変わらない。「当時は私もまだ子供で、父に言われた事に従うしか無かったんです……」御堂院静香がそう言う。それはそうだろう。大病院の一人娘なのだ。相手はその病院を継ぐ事になる。人選が厳しくなるのは致し方ない事だ。「お父様も気が気じゃ無いでしょうね」少し笑いながらそう言うと、御堂院静香が静かに言う。「私がその後、お見合いを断り続けて、誰ともお付き合いをせず、無理な婚約話も出ましたけど、それもずっと拒否していたので、最近は丸くなったんですよ」ゆっくりと歩きながらそう言われて少し笑う。「そうですか」そう返事をしながらも、私は彼女の父上に言われた事を許せていないのだなと思う。「賀神さんもまだご結婚の話も、誰かと交際されているというお話も聞きませんけど……」御堂院静香がそう言って口ごもる。その先の言葉は容易く想像出来た。高嶺の言葉が頭の中によみがえる。逃げているだけじゃ解決しない確かに高嶺の言う通りだった。そして御堂院静香の言うように、私もまた、過去に囚われ、誰とも交際もせずに独身でいる。それはひとえにやはり、御堂院静香の存在が大きかったからだ。それを認め、前に進むべき時な
「高嶺のお祖母様」そう声を掛けられ、お祖母様と共に振り向く。そこには一人の女性が立っている。御堂院静香だ。大病院の令嬢らしい、清楚な白いワンピース姿。思っていたよりも柔らかい印象。「静香さん」お祖母様はそう言って微笑み、御堂院静香を招く。「さぁ、こっちへ」そう言ってティーラウンジへと入って行く。席に着き、御堂院静香と向き合う。今はまだ俺の隣にお祖母様が居る。だから話を聞き出すのはもう少し後だ。その場で軽い自己紹介と、当たり障りのない会話をする。お祖母様はそれを見届けて言う。「遼大、少しホテルの庭園を歩いて来たらどう?」そう言われて俺は立ち上がる。「そうですね」帝国ホテルの庭園に出る。二人きりになったタイミングで、どう切り出そうか考えていると、御堂院静香が言う。「高嶺さん」言われて御堂院静香を見る。「無理やりお見合いなんてごめんなさい」そう言って御堂院静香が頭を下げた。急な事で驚いていると、御堂院静香が頭を下げたまま言う。「今回のお見合いは私が父に頼んでお願いしたんです」そう言われて俺は眉を顰める。「頼んだ……?」御堂院静香はゆっくりと頭を上げると、その顔に悲し気な笑みを浮かべて言う。「私は東都メディカルの娘です、だから結婚相手は自分自身では決められないんです。全て父が決めます。病院の為、家の為……相応しい人を、と」大病院を経営している人間の考えそうな事だ。「私には心に決めている人が居るんです。その人も天才です、何の申し分も無い、けれど父はその人が好きでは無いんです……」そう言われてピンと来る。御堂院静香が好きな男に心当たりがあった。「私は籠の中の鳥なんです。決して抜け出せない……」そう言って俯く御堂院静香が顔を上げる。その瞳に涙を浮かべて。「だから今回、高嶺家と縁談の話が持ち上がった時、これが最後のチャンスだと思いました……」俺はふっと笑い、言う。「賀神、だな?」そう聞くと御堂院静香は一瞬、驚き、そして微笑む。「そうです」だから賀神は御堂院静香の名が出ると、いつも何か含みのある顔をしていたんだなと思う。賀神と御堂院家にどんな確執があるかは俺には分からない。だが協力は出来そうだ。俺は御堂院静香に微笑み、スマホを出す。連絡先に登録されている賀神に電話を掛ける。「あ、賀神か? 悪い、ちょっと帝国ホテル
賀神さんがオフィスに戻って来る。「高嶺、戻っていたのか」賀神さんが遼大にそう言う。「あぁ、ついさっきな」そう言って遼大が苦笑する。「どうだった? 愛沢くるみは」遼大がそう聞くと賀神さんは湊の横に座り、大きく息をつく。「頭痛は一過性のものと見て、間違いないでしょう。おそらくは記憶を取り戻している最中の、副作用」そう言われて納得する。「まぁ、そうだろうな」遼大が少し息をついてそう言う。私は賀神さんに聞く。「それで? 話は聞けた?」そう聞かれた賀神さんが苦笑する。「いえ、口は割りませんでしたが、怯えている様子でした」そう言われて遼大と顔を見合わせる。(愛沢くるみが怯えている……)愛沢くるみはどんな時も自信満々で、誰よりも計算高く、狡猾だ。そんな彼女が怯える……?そう考えながら私は私に愛想良く笑って見せた愛沢くるみを思い出す。まさしく無垢そのものだった。性格が曲がる前の愛沢くるみは、ああいう人だったんだろう……そう思えた。だからこそ、自身の頭の中に埋もれている記憶が呼び覚まされた時、流れ込んで来る醜悪さに怯える事は有り得るのかもしれない。「これから注意深く観察しないといけないな」遼大がそう言う。「そうね、私もそう思っていたところよ」私がそう言うと、湊が不意に口を開く。「今、仮に愛沢くるみの記憶が蘇っているとして。そのタイミングで俺や燈が接触するのは、記憶の回復を早める効果があるかもしれない」湊がそう言うと、賀神さんが頷く。「その可能性は高いでしょうね」そう言われて私は少し笑う。「善良な愛沢くるみと、邪悪な愛沢くるみ……勝つのはどっちなんでしょうね」私がそう言うと遼大が鼻で笑う。「その人間の本質なんて変わらないさ」愛沢くるみは今までずっと、自身の生い立ちや私への嫉妬が原因で、性格を歪めて来ている。私から何もかもを奪う為に、文字通り、彼女は何でもした。それが自身の体を売る事であっても、人殺しであっても。「それで? 高嶺の方はどうなったんだ?」賀神さんが聞く。今度は遼大が苦笑する番だ。「明日、御堂院静香に会うよ」ほんの少し引っ掛かり。御堂院静香の名前が出る度に感じる、賀神さんを包む空気の変化。賀神さんは少しだけ微笑み、言う。「そうか」それを見て遼大が言う。「お祖母様の顔を立てるだけだ」賀神さん